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渥美國泰氏の訃報に接して H21/2/18

去る2月5日の渥美國泰氏(土肥原賢二役)御逝去に際し、監督・水島総が、日本文化チャンネル桜・公式メールマガジン「桜・ニュース・ダイジェスト」(第118号・H21.2.7発行)に寄せた一文を掲載いたします。

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渥美國泰氏の訃報に接して

皆様へ
            日本文化チャンネル桜 代表  水島 総

映画「南京の真実」第一部「七人の『死刑囚』」において、土肥原賢二役を演じていただいた俳優の渥美國泰さんが二月五日にお亡くなりになりました。
脳腫瘍の治療中で、享年七十六歳でした。
「南京の真実」の御出演が、実質的な最後の仕事になりました。

亡くなられる二日前に、入院先の病院に見舞いに行きお会いしました。
車椅子の姿で息子さんと病棟面会ロビーに現れましたが、少し痩せられた様子で、澄んだ眼差しと俗気が全て抜け落ちたような清々しさを感じました。
禅の言葉に「心身脱落」という悟りを表す言葉がありますが、まさにそんな雰囲気を漂わせていました。
今となって考えますと、あちらの世界へ逝かれる直前に、渥美さんは別れを告げるため、私を病院に呼んでくれたような気がします。

ただ、渥美さんは、病気のため、私の話はお聞きいただいているようでしたが、言葉に表して返事が出来ない様子でした。
息子さんからは、「時々、意識や言葉がはっきりして話すことも出来ますし、今朝は、随分話したんですがねえ…」と残念そうでした。
「南京の真実」第二部の編集室が近くにあるので、「これから時々来ますよ」とお話ししてお別れしましたが、その夜、息子さんから電話をいただき、「父の状態が良いので、今、電話を代わります」と告げられ、渥美さんが電話口に出られました。
見舞いの礼を言われ、病状の話と映画の時の話をされたあと、「私もまだやりたいことがあるので頑張ります」と述べて電話を終えました。
亡くなられたのはその二日後でした。
その翌日、御自宅を弔問させていただき再会しました。
美しい御顔でした。

俳優としての最後の仕事を御付き合いいただきましたが、そのひたむきさが強く印象に残っています。
処刑台の十三階段を登るシーンでは、足腰が弱られ風邪気味でしたので、二度ほどカメラリハーサルをした後、(私はテストを何度もします)もういいですから、代わりの人間にやらせましょうと言いましたが、自分でやると頑固にカメラテストをご自身でやり抜きました。
土肥原賢二に対する研究も私以上のものでした。
土肥原大将のお孫さんの歌人佐伯裕子さんの素晴らしい歌を紹介してくれたのも渥美さんでした。


  くびられし祖父よ 菜の花は好きですか
                網戸を透きて没り陽おわりぬ 

  祖父(おおちち)の処刑のあした
           酔いしれて柘榴のごとく 父はありたり 

  英霊へ 夏柑一顆放りあげて ずぶ濡れの眼のなかの青空

                           佐伯裕子


日本文化チャンネル桜が創立された五年前より、幾多の草莽の士が「後に続く」私たちを信じ、あちらの世界に逝かれました。


  ますらおのかなしきいのちつみかさね
               つみかさねまもる やまとしまねを

                           三井甲之


チャンネル桜には、英霊と日本草莽の志と祈りが引き継がれています。

渥美さんの逝去に接し、悲しさと淋しさをかみしめながら、独立不羈の草莽テレビ「日本文化チャンネル桜」の存続と発展を期し、改めてチャンネル桜二千人委員会の確立を誓った次第です。

皆様と共に渥美國泰様の御冥福をお祈り申し上げます。


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